●要求・要件定義の4象限(Zモデル)

DX時代と言われて久しいですが、超上流と言われる領域である要求・要件定義について4象限でまとめています。

       

 ①:ビジネスにおける”要求”

これは、今後の経営組織の方向性として、中期計画や戦略の示すところをクリアにする領域です。主に中期経営計画書や重点政策の内容がそのまま来ることが多いでしょう

(例:「売上計画のアップに伴う顧客関係の向上」)

    

  ②:ビジネスにおける”要件”

やや抽象度が高い”要件”に対して、どのような具体的な施策が必要かがここに書かれます。

(例:「営業部門における顧客関係性、カスタマーリレーションの強化」)

 

③:システムにおける”要求”

  ビジネスの”要件”に対して、それを満たすシステムやデジタルにはどのようなものがあるのか、を明確にします。多様なツールがあるので、その特定もこの領域になります。

 (例:CRMのシステムツールの導入)

    

  ④:システムにおける”要件”

システムツールが③で決まるので、ここに必要なシステム要件(システムツールで可能にするべき条項)を纏めます。このシステム”要件”が決まることで、ツールやベンダー候補が作成されることもあります。また決まっている場合には、その具体的な機能を確認する作業も含みます。

    

①~④はフローとして捉えると分かりやすいですが、特に重複も見られるため、このように整理しておくと、今何の議論をしているのかが明確になります。

    

実際のシステム開発の現場で、ウォーターフォール型開発ではもちろん、アジャイル開発においても、意味のないプロダクトを作らない、機能の優先順位を決定する、という際にもこの整理をベースにするとよいでしょう。

 

いずれにせよ、DXの時代は、IT/非ITの境目がどんどん希薄になり、「何をするべきか?」「どのような価値を(デジタルで)創るべきか」が中心的議論になります。

 

  そうした際に、頭の中が混乱しないように整理するフレームワークとして参考にしていただくとよろしいかと思います。

 

「分数経営」の問題点 Ⅱ

分数経営においてのここ数年のトレンドは「生産性」である。

「生産性」は経営の資源の投入により、付加価値がどのくらい上がったかを見る。計算式は、付加価値 / 資源投入量で示す。

付加価値は、実は様々な計算方法があるが、一番わかりやすいのは売上から売上原価を引いた粗利益(売上総利益)である。

(中小企業庁の方式では、人件費+減価償却費+営業利益とされている)

昨今の”生産性”はほとんど労働生産性で語られることが多い。その公式は、付加価値額 / 労働投入量であり、労働投入量は、労働者数×労働時間の 労働総時間 で表す。

(これに時間当たりの平均人件費単価をかけると人件費総額となる)

本来の生産性は、前回のROEの時と同様、分母が固定的な状況で分子をどう上げるか?であり、分子(付加価値額)の増大こそが大事である。最近は労働者の給与や最低賃金の上昇などにより、分母が大きくなるため、さらに分子をどう大きくするかが課題になってくる。

しかしこれもROEと同様、分数での評価になっているため、分子を増大させるのではなく、分母を減らそう、つまり労働投入量を減らそうという発想につながりやすい。事実、働き方改革の最初のテーマは、副業でも同一労働同一賃金でもなく、「残業削減」「労働時間削減」であった。

基本的には従業員は無償では働かないので、労働時間の減少は人件費の削減に働く。付加価値額が伸びない状況であれば、労働時間を削減、つまり人件費の抑制が生産性向上に寄与してしまうことになる。

経済評論家のデービッドアトキンソン氏は、生産性の向上こそが賃金上昇のキーになると言っているが、これは生産性向上ではなく、付加価値額の増加と言った方が分かりやすいし事実にあっている。

氏は特に、中小企業の生産性向上が賃金上昇のキーだと説いているが、それならば中小企業の付加価値額の上昇が大切だろう。

デフレ下において価格が上げられない状況下では、付加価値額の上昇が難しい中小企業は多い。その中で生産性を上げるには、労働時間を下げるしかない。結果、残業が削減されたり、残業で成り立っている仕事が立ち行かなる事もあり、結果、付加価値額自体が落ちる企業もある。そうすると労働時間の減少に伴い人件費も減少せざるを得なくなる。

つまり、中小企業においては生産性の向上を目指したところで、従業員の賃上げにはつながらない場面が多く出てしまう。

この構図は大企業にも多くあてはまるだろう。

以前のROEも今回の生産性も、分数指標であることに一つの注意点がある。それは分母である資本を減らすことで、数値が良くなるという点である。

ROEの場合には、株主資本であり、生産性の場合には、資源投入量であるが、そもそも両方は経営を大きくするのに必要なものである。これを小さくして分数指標の結果を良くしようとすることは、木を見て森を見ずというか、経営としては本末転倒ではないかと思う。

伝説のコンサルタント、一倉定氏も、「付加価値を生み出し大きくすることが企業の任務であり、生産性向上とは付加価値を大きくすること」と喝破しているが、まさにその通りだと思う。


P.S.

消費税は、企業の付加価値にかける税金「付加価値税」であるが、この付加価値の合計はGDPでもある。つまり消費税はGDPにかける税金でもある。

国は、もしも消費税収を増やしたいなら、付加価値の増大に力を貸すために、税率を上げるのではなく減税をし、付加価値が上がるような施策を施し、税収を大きくするのが役目である。

もちろん、自国通貨建ての国債が発行できる国家に財源問題などは存在しない以上、付加価値額に罰金をかける税金など行うべきではないのは言うまでもない。この意味でもインボイス制度など言語道断である。

分数経営の問題点Ⅰ

ROE(株主資本利益率、自己資本利益率など)は、株主資本に対する利益の割合を示す。高ければ高いほど、投下した株主資本に対しての最終利益が高い、つまり株主から見れば高ければ高いほど配当や自社株買いなど株主に還元する能力が高いという意味になる。

公式は、当期純利益 / 株主資本 で表す。

こうした分数指標は経営の現場では気を付ける必要がある。

本来は、分子(当期純利益)を上げることが大切なのに、分数指標であるため、分子と分母のバランスを重視してしまう可能性がある。

そうすると、企業の本来の目的である、事業の成長で当期利益を獲得するということから、財務や経営管理部門などが財務テクニックと社内権力を使い、分子(当期利益)を上げるためのコストカットや、分母を下げるための自社株買いなどを引き起こす。

2014年に、経済産業省より出された、「『持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクト」の最終報告書(通称、伊藤レポート)は、このROEを8%を目標値に据えた。


その結果、大手企業を中心に、ミドルシニア世代の早期退職制度(コストカット)と、発行済株式の買い戻し(自社株買い)が同時に起こった。経済が好況下の中でもリストラが増加する一方、自社株買いは2013年度は2兆円に満たなかったが、2022年度は9兆円規模になった。

つまり、大手企業は事業や人への投資を抑え、株主に報いる方向にお金を使ってきた。皮肉にもそれに貢献したのが持続的な企業の成長を目指す”伊藤レポート”である。

企業の持続的成長を目指す目的が、短期的株主資本主義への転換を加速した。

伊藤レポートの問題点は、"ROE8%"という分数の指標を重視することによる経営の多角的視点が欠けていることにある。

前述の通り本来は「分母が固定又は高まっても、分子がそれ以上に成長すること」を見るべきなのに、単に分数の結果を指標化したために、想定外の結果になることを軽視したためではないか。一つの単純な指標が、複雑な企業経営という現場でどのような事態を引き起こすかの配慮に欠けていたのではないかと思う。

国や大学の偉い人が言っているからではなく、どのように経営し、何が自社にとって望ましいかを考えることは、経営の本質ではないかと考える。

上杉鷹山に見る「人的資本経営」

上杉鷹山(1751~1822)は、後の1894年に内村鑑三が「代表的日本人」の中で紹介されて欧米にも知られる日本のリーダーです。彼は17歳の時に困窮する米沢藩の家督を継ぐこととなり、様々な改革を実行した人物として知られています。
その中で、彼が取り組んだ産業政策の方針が、次の二つと紹介されています。
①:領内から不毛な土地をなくすこと
②:領民の間に怠け者を許さないこと
この二つは、今話題となっている人的資本経営(主に戦略人事)においても重要な示唆を与えていると思います。
①について、当時代の富は米や農作物でありますが、現代においては企業における付加価値と言い換えられるとした場合、ここでいう”不毛な土地”は、組織に貢献しない人やナレッジを指すのかもしれません。つまり、人的資源を価値のあるものに変えるような施策、平たく言えば、社員のだれもが会社に貢献できる仕組みを”会社側”が整える必要がある、と読むことができると思います。
土地は、仮に不毛だからといって領地から外す、ということはできません。企業における人も、「取り換え可能な部品」ではなく、外すことができない、耕す(育成)べき資源とみなして経営にあたることが大事という示唆に思えます。
②について、これは言葉通りですが、領民を企業における社員と捉えた場合、団結して働き価値創出にあたるということです。鷹山は戦のない時には武士の階級にあるものにも農作業をさせたり、自らの財産を新規事業(絹の産業)に投資するなど、階級の差なく富の創出に全精力を傾けました。
(当時の米沢藩は、そのくらい藩の財政が苦しかった)
今日の企業においては、やれ上層部が頭が固くて何もしない、おじさんが働かない、などと言われますが、リーダー自らが姿勢を示し目標を設定して、最初に率先して取り組むことで、全社の取組みを明確にするということが真のリーダーシップであろうと思います。いつの時代のどのようなリーダーシップ論であれ、一番働くのがリーダーであることに異論はないと思います。
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人的資本経営(戦略人事)が新しいキーワードとして言われるようになりましたが、人やそのナレッジことが貴重な資源であり決して腐らせず尊重し有効化することが重要であります。タレントマネジメントで人やそのスキルなどを”可視化”できても、ただ単に「見ている」だけではダメで、実際に活用・活躍してもらうための仕掛けを作ることが求められています。
また、そうした環境を整えることで、”働かないおじさん””社内失業”というような”状況そのもの”(個人ではなく)を憎み、そんなことが起こらないように仕向けていくことが、人的資本経営のまず最初の本質ではないかと思います。
経営学はそのほとんどがなぜか米国から流入した小難しいカタカナ用語のキーワードが並ぶことが多いですが、まずは温故知新、日本の先人から学ぶことも大切ではないかと思う今日この頃です。

①と②の関係が、双方向(経営と人材)の”忠誠心”ということが言えるのでしょう。今風に言うと「エンゲージメント」でしょうか。 内村鑑三は、この「代表的日本人」の中で、「東洋の思想家にとって、富は常に徳の結果であり、富と徳の関係は果実と木の関係と同じである」と説いています。

経営と人材の”忠誠心”こそが、人的資本経営の中心概念であるということかもしれません。

キャリア論

 最近のキャリア理論において、何かしっくりこないものがあるなと思っていました。

 キャリアアンカーや計画的偶発性理論、はたまた〇〇キャリアなどいろいろありますが、これらにしっくりこない原因の一つに、「貢献」にフォーカスしていない(又は弱い)と感じる点であります。そして多くは企業内の企画事務という、特定の仕事に当てはまるものが多いです。

 例えば、エッセンシャルワーカーと呼ばれる職種が近年の感染症で注目され、彼らに感謝しよう!という言説もありました。しかし、彼らの仕事の中身は必ずしも「楽しい」「成長する」「なりたいものになる」といえるような性質であるとは限らないように思います。

例として「掃除をする仕事」を上げると、「掃除」自体に習熟はあってもそれを行うベテランが「成長した!」「フロー状態になった!」という満足を得るのは難しいと私は思います。

 そもそも、「自分が何者かになった!」「自己成長」などというのは独りよがりな視点であり、”なる”ことが目的ならば、法律で定められている職種でもない限りは割と簡単に”なる”事ができると思います。

仕事の本質は、”なる”ことではなく、それを行うことで、”だれかに貢献すること”であるとドラッカーは説きました。これは強くそう思います。

 自分が”なりたいものになる””成長する”という独りよがりなものではなく、他者や社会に貢献をする、ということがキャリアの第一義なのではないでしょうか?

 

 たとえ、「つまらない(と思える)仕事」でも、「ルーティンで飽きた仕事」でも、誰かの何かにしっかり貢献していれば、それは尊いものであります。そして貢献を通じて得た尊さこそがキャリアではないかと思います。

キャリアは、なりたい自分や自己成長などという独りよがりなものではなく、他者への貢献という尊いものだからこそ、キャリアではないかと考えています。もちろん、報酬の額や名声とも関係はありません。

こんな考えだから、キャリアを教えることはできないのかもしれないと思っています(苦笑)。